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2006-05-04

[][]西丹沢・東沢の鉱跡について 18:20 西丹沢・東沢の鉱山跡について - 人生 沢あり谷あり を含むブックマーク はてなブックマーク - 西丹沢・東沢の鉱山跡について - 人生 沢あり谷あり 西丹沢・東沢の鉱山跡について - 人生 沢あり谷あり のブックマークコメント


調べよう調べようと思っているうちに、ずいぶんと間が空いてしまった。

ここらで手持ちの情報をいったん整理してみる。


場所は西丹沢。あの小川谷廊下の上流部にある東沢。

もちろん、そのうち現地調査にいく予定。


Day Trekker:丹沢最後の秘境【大石山~東沢 丹沢】

丹沢最深部とも言うべき東沢は、武田信玄が発見したという金鉱があり、

明治大正の時代には抗夫や女郎など200人が住み着き、

賭場などもある、一種の町が形成されていた。

ただ、この頃はこの付近の一切の立ち入りを禁じていたため、

地元の人間も中の様子は出入りする人づてにしか分からなかったらしい。


そして、関東大震災


丹沢を震源とする大地震は、あっというまに東沢を土石の下に埋めてしまい、

200人いたはずの金鉱関係者が戻ってきたのを見た者はいないという、

いわく付きの場所である。

と、坂元さんが指さす先を見ると、トロッコの車輪が沢に浸かっていた。

金鉱時代の名残だろうか?それにしては新しいとか話していると、

今度はもっと錆びて朽ちている車輪の軸が岩の間に突き立っており、

やはりここには金鉱があったんだということが実感された。

このあたりになると、ちょっとした平地がいくつかあり、

この辺に小屋があったのかなぁとか言いながら進んでいくと、

沢から3mほど高いところに台地状の広場があるところに来た。

ここは5、6年前に坂元さんがひとりで来た時に、これはいい場所だと、

喜んでテントを貼って一泊したら、周囲から大勢の視線と気配を感じて

一睡もできないという恐怖体験をした、いわくつきの場所である。

丹沢に詳しいユーシンロッジ小屋番のおじさんの話では、

ここに金を精錬するための工場があったとのことである。


とりあえず、鉱街、鉱軌道とオカルト話に萌え


戦国時代から大正関東大震災)、昭和(軌道がらみはたぶんここ)と歴史的にはずいぶん幅があるんで、すべて同一のものとは見なさないほうがいいかもしれない。


峠のむこうへ:同角山稜の乗越 / 東沢乗越(同角乗越)・キレット(切戸)・中ノ沢乗越(檜洞乗越)

東沢筋には、昔、武田信玄の隠し金があったといわれています。

今回は白一色の世界でしたが、夏にでも再訪して、沢床に黄金のカケラでも見つけたいものです。

けっこう有名な話なんですかね。


さらに、ようこそ! 山へ!!掲示板過去ログより。ものすごい情報の宝庫。


その2 - レス148

東沢、モチコシ沢源頭の鉱跡も気になります。

モチコシ沢にもありますか。


その3 - レス149

東京附近の旅 朋文堂 S18年 改稿版

pp.43 檜洞丸の項目

小川谷源頭部よりの下降

以下引用

累々と石塊を堆積し倒木が散見する廣豁な河床を降ると

左岸へ長ザレ谷を入れ右岸に新澤を合し、軈て右岸から林道

河原へ降って来るのを眺める。この径は「信玄ノ隠シ道」と

称され武田信玄が軍事用の目的で拓いた間道であるとも傳へ

られてゐる。

東沢の隠し金の話と合間見合って興味が尽きません。

信玄の隠し道。いよいよらしくなってきましたね。


その3 - レス111

この頃はまだ採掘が行われていたのでしょうか。

東沢の下流部には、今も所々に台地状の整地(?)跡が見られます。

飯場跡だろうか、精錬所跡だろうか、想像しながら歩くのも楽しい

ものです。これで排水溝跡とかトロッコの車輪やレールなどが見つ

かると、ロマンが一層かき立てられますネ!


書策新道にある大日鉱の坑道跡ものぞいてみました。(indexNO129)

真っ暗な坑道の壁面に赤い鉱脈のようなものが見えたけど、ここで

は「紅れん石」を採掘していたとのことです。

ちょっと外れるけど、書策新道にも鉱跡。丹沢も奥が深いなぁ。


その2 - レス110

東沢出合にあったと言われている

坂口鉱跡を散策してきました。


昭和30年台ころのガイドブックを読むと

鉱石採取のため小川谷の水が濁っていたとの

こと また、東沢乗越の手前に鉱跡の記載が

ありなんらかの痕跡があるのではと期待した

のですが収穫は、無し

bstistaさんが言われている車輪とレール

のトロッコのものかもしれません。

坂口鉱跡という名前が判明。それはそうと、「小川谷廊下が徐々に砕石で埋まっていく」現象は、実はこの鉱のズリが原因だったりするのかな。


その2 - レス106

実は東沢にも車輪と車軸、線路が落ちてましたが、去年大雨で埋まってしまい、今は見られません・・・出合に線路、1つ目の滝上に車輪車軸(2つ目だったっけ?) 台風で砂が流れて再び出て来てほしいな・・・線路は流されて小川谷かも?昭和36年頃のかな?

軌道の遺物のうちのいくつかは、埋まってしまったらしい。


最後に、地理的には少し北西にあたる(沢筋が異なる)、中川の東沢のほう。


マシラの部屋:丹沢中川東沢・隠し金庫沢(仮称)

そんな露岩を右側から回り込んだ所に岩を切り刻んで作った正確な直方体の石室様なものがある。幅70cm、高さ1m、奥行き1.5m見た目には人造物そのものだ。しかし、人が来るのが困難なこの様な場所にお墓を作る人はいないだろうし鑿の跡もなく中には石ッコロが詰まっていて、自然に砕けたものの名残は歴然だ。しかし、エエイこの際だから中の石っころを整理して「信玄の隠し金」を見つけたと言いふらしてまわろうか。よく探したら大判小判がザックザックザックザクかも知れない。

写真付き。これは坑道入口っぽいですね。そばの尾根上にある大岩ってやつも気になります。


だいたいこんな感じ。なんか意外に大物っぽいんですけど。

掲示板過去ログのほうはまだ全部みれていないので、またそのうち暇をみて。


あとは、そばにある「女郎小屋沢」の名前の由来なんかも気になるな。

やっぱり鉱街に付随していた遊郭の名残だろうか。


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ajysmrookoajysmrooko2014/03/18 02:53mgbnlzbnb.ofub, <a href="http://www.awwaqtmvxl.com/">uybqvkrkyl</a> , [url=http://www.szfoosftqj.com/]gjtowuqsgh[/url], http://www.pnjikigphu.com/ uybqvkrkyl

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